かねえ。」
「うむ、これかい。」
と目を上《うわ》ざまに細うして、下唇をぺろりと嘗《な》めた。肩も脛《すね》も懐も、がさがさと袋を揺《ゆす》って、
「こりゃ、何よ、何だぜ、あのう、己《おら》が嫁さんに遣《や》ろうと思って、姥《おんば》が店で買って来たんで、旨《うま》そうだから、しょこなめたい。たった一ツだな。みんな嫁さんに遣るんだぜ。」
とくるりと、はり板に並んで向《むき》をかえ、縁側に手を支《つ》いて、納戸の方を覗《のぞ》きながら、
「やあ、寝てやがら、姉様《あねさん》、己《おら》が嫁さんは寝《ねん》ねかな。」
「ああ、今しがた昼寝をしたの。」
「人情がないぜ、なあ、己《おら》が旨いものを持って来るのに。
ええ、おい、起きねえか、お浜ッ児《こ》。へ、」
とのめずるように頸《うなじ》を窘《すく》め、腰を引いて、
「何にもいわねえや、蠅《はえ》ばかり、ぶんぶんいってまわってら。」
「ほんとに酷《ひど》い蠅ねえ、蚊が居なくッても昼間だって、ああして蚊帳へ入れて置かないとね、可哀《かわい》そうなように集《たか》るんだよ。それにこうやって糊《のり》があるもんだからね、うるさいッちゃないんだもの。三ちゃん、お前さんの許《とこ》なんぞも、やっぱりこうかねえ、浜へはちっとでも放れているから、それでも幾干《いくら》か少なかろうねえ。」
「やっぱり居ら、居るどころか、もっと居ら、どしこと居るぜ。一つかみ打捕《ふんづかめ》えて、岡田螺《おかだにし》とか何とかいって、お汁《つけ》の実にしたいようだ。」
とけろりとして真顔にいう。
三
こんな年していうことの、世帯じみたも暮向《くらしむ》き、塩焼く煙も一列《ひとつら》に、おなじ霞《かすみ》の藁屋《わらや》同士と、女房は打微笑《うちほほえ》み、
「どうも、三ちゃん、感心に所帯じみたことをおいいだねえ。」
奴《やっこ》は心づいて笑い出し、
「ははは、所帯じみねえでよ、姉《あね》さん。こんのお浜ッ子が出来てから、己《おら》なりたけ小遣《こづかい》はつかわねえ。吉や、七と、一銭《いちもん》こを遣《や》ってもな、大事に気をつけてら。玩弄物《おもちゃ》だのな、飴《あめ》だのな、いろんなものを買って来るんだ。」
女房は何となく、手拭《てぬぐい》の中《うち》に伏目《ふしめ》になって、声の調子も沈みながら、
「三ちゃんは、ど
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