うしてそんなだろうねえ。お前さんぐらいな年紀恰好《としかっこう》じゃ、小児《こども》の持っているものなんか、引奪《ひったく》っても自分が欲《ほし》い時だのに、そうやってちっとずつ皆《みんな》から貰《もら》うお小遣で、あの児《こ》に何か買ってくれてさ。姉《ねえ》さん、しみじみ嬉しいけれど、ほんとに三ちゃん、お前さん、お食《あが》りなら可《い》い、気の毒でならないもの。」
奴《やっこ》は嬉しそうに目を下げて、
「へへ、何、ねえだよ、気の毒な事はちっともねえだよ。嫁さんが食べる方が、己《おら》が自分で食べるより旨《うま》いんだからな。」
「あんなことをいうんだよ。」
と女房は顔を上げて莞爾《にっこり》と、
「何て情があるんだろう。」
熟《じっ》と見られて独《ひとり》で頷《うなず》き、
「だって、男は誰でもそうだぜ。兄哥《あにや》だってそういわあ。船で暴風雨《あらし》に濡れてもな、屋根代の要らねえ内で、姉《あね》さんやお浜ッ児《こ》が雨露に濡れねえと思や、自分が寒い気はしねえとよ。」
「嘘ばッかり。」
と対手《あいて》が小児《こども》でも女房は、思わずはっと赧《あか》らむ顔。
「嘘じゃねえだよ、その代《かわり》にゃ、姉さんもそうやって働いてるだ。
なあ姉さん、己《おら》が嫁さんだって何だぜ、己が漁に出掛けたあとじゃ、やっぱり、張《はり》ものをしてくんねえじゃ己|厭《いや》だぜ。」
「ああ、しましょうとも、しなくってさ、おほほ、三ちゃん、何を張るの。」
「え、そりゃ、何だ、またその時だ、今は着たッきりで何にもねえ。」
と面くらった身のまわり、はだかった懐中《ふところ》から、ずり落ちそうな菓子袋を、その時縁へ差置くと、鉄砲玉が、からからから。
「号外、号外ッ、」と慌《あわただ》しく這身《はいみ》で追掛けて平手で横ざまにポンと払《はた》くと、ころりとかえるのを、こっちからも一ツ払いて、くるりとまわして、ちょいとすくい、
「は、」
とかけ声でポンと口。
「おや、御馳走様《ごちそうさま》ねえ。」
三之助はぐッと呑《の》んで、
「ああ号外、」と、きょとりとする。
女房は濡れた手をふらりとさして、すッと立った。
「三ちゃん。」
「うむ、」
「お前さん、その三尺は、大層色気があるけれど、余りよれよれになったじゃないか、ついでだからちょいとこの端へはっておいて上げましょう。
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