》で仰いで、
「おい、」という。
出足へ唐突《だしぬけ》に突屈《つッかが》まれて、女房の身は、前へしないそうになって蹌踉《よろめ》いた。
「何だねえ、また、吃驚《びっくり》するわね。」
「へへへ、番ごとだぜ、弱虫やい。」
「ああ、可《い》いよ、三ちゃんは強うございますよ、強いからね、お前は強いからそのベソを掻いたわけをお話しよ。」
「お前は強いからベソを掻いたわけ、」と念のためいってみて、瞬《またたき》した、目が渋そう。
「不可《いけ》ねえや、強いからベソをなんて、誰が強くってベソなんか掻くもんだ。」
「じゃ、やっぱり弱虫じゃないか。」
「だって姉《あね》さん、ベソも掻かざらに。夜一夜《よっぴて》亡念の火が船について離れねえだもの。理右衛門《りえむ》なんざ、己《おら》がベソをなんていう口で、ああ見えてその時はお念仏唱えただ。」と強がりたさに目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》る。
女房はそれかあらぬか、内々|危《あやぶ》んだ胸へひしと、色変るまで聞咎《ききとが》め、
「ええ、亡念の火が憑《つ》いたって、」
「おっと、……」
とばかり三之助は口をおさえ、
「黙ろう、黙ろう、」と傍《わき》を向いた、片頬《かたほ》に笑《えみ》を含みながら吃驚《びっくり》したような色である。
秘《かく》すほどなお聞きたさに、女房はわざとすねて見せ、
「可《い》いとも、沢山《たんと》そうやってお秘しな。どうせ、三ちゃんは他人だから、お浜の婿さんじゃないんだから、」
と肩を引いて、身を斜め、捩《ねじ》り切りそうに袖《そで》を合わせて、女房は背向《そがい》になンぬ。
奴《やっこ》は出る杭《くい》を打つ手つき、ポンポンと天窓《あたま》をたたいて、
「しまった! 姉《あね》さん、何も秘すというわけじゃねえだよ。
こんの兄哥《あにき》もそういうし、乗組んだ理右衛門|徒《でえ》えも、姉さんには内証にしておけ、話すと恐怖《こわ》がるッていうからよ。」
「だから、皆《みんな》で秘すんだから、せめて三ちゃんが聞かせてくれたって可《い》じゃないかね。」
「むむ、じゃ話すだがね、おらが饒舌《しゃべ》ったって、皆《みんな》にいっちゃ不可《いけね》えだぜ。」
「誰が、そんなことをいうもんですか。」
「お浜ッ児《こ》にも内証だよ。」
と密《そっ》と伸上ってまた縁側から納戸の母衣蚊帳《ほ
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