く夕暮の静かな水の音が身に染みる。
岩端《いわばな》や、ここにも一人、と、納涼台《すずみだい》に掛けたように、其処《そこ》に居て、さして来る汐を視《なが》めて少時《しばらく》経った。
下
水の面《おも》とすれすれに、むらむらと動くものあり。何《なに》か影のように浮いて行《ゆ》く。……はじめは蘆の葉に縋《すが》った蟹《かに》が映って、流るる水に漾《ただよ》うのであろう、と見たが、あらず、然《さ》も心あるもののごとく、橋に沿うて行《ゆ》きつ戻りつする。さしたての潮《しお》が澄んでいるから差《さ》し覗《のぞ》くとよく分かった――幼児《おさなご》の拳《こぶし》ほどで、ふわふわと泡《あわ》を束《つか》ねた形。取り留めのなさは、ちぎれ雲が大空《おおぞら》から影を落としたか、と視められ、ぬぺりとして、ふうわり軽い。全体が薄樺《うすかば》で、黄色い斑《ぶち》がむらむらして、流れのままに出たり、消えたり、結んだり、解けたり、どんよりと濁肉《にごりじし》の、半ば、水なりに透き通るのは、是《これ》なん、別のものではない、虎斑《とらまだら》の海月《くらげ》である。
生《しょう》ある一物
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