中
虎沙魚《とらはぜ》、衣沙魚《ころもはぜ》、ダボ沙魚《はぜ》も名にあるが、岡沙魚と言うのがあろうか、あっても鳴くかどうか、覚束《おぼつか》ない。
けれどもその時、ただ何《なん》となくそう思った。
久しい後《あと》で、その頃|薬研堀《やげんぼり》にいた友だちと二人で、木場《きば》から八幡様《はちまんさま》へ詣《まい》って、汐入町《しおいりちょう》を土手《どて》へ出て、永代《えいたい》へ引っ返したことがある。それも秋で、土手を通ったのは黄昏時《たそがれどき》、果てしのない一面の蘆原《あしはら》は、ただ見る水のない雲で、対方《むこう》は雲のない海である。路《みち》には処々《ところどころ》、葉の落ちた雑樹《ぞうき》が、乏《とぼ》しい粗朶《そだ》のごとく疎《まばら》に散《ち》らかって見えた。
「こういう時《とき》、こんな処《ところ》へは岡沙魚《おかはぜ》というのが出て遊ぶ」
と渠《かれ》は言った。
「岡沙魚ってなんだろう」と私《わたし》が聞いた。
「陸《おか》に棲《す》む沙魚なんです。蘆《あし》の根から這《は》い上がって、其処《そこ》らへ樹上《きのぼ》りをする……性《しょう》が
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