りがまち》の敷居の処でちょっと屈《かが》み、件《くだん》の履物を揃えて、
「何なんですよ、蘆《あし》の湯の前まで来ると大勢立ってるんでしょう、恐しく騒いでるから聞いてみると、銀次さん許《とこ》の、あの、刺青《ほりもの》をしてるお婆さんが湯気に上《あが》ったというものですから、世話をしてね、どうもお待遠様でした。」
 と、襖《ふすま》を開けてその六畳へ入ると誰も居ない、お縫は少しも怪しむ色なく、
「堪忍して下さい。だもんですから、」ずっと、長火鉢の前を悠々と斜《はす》に過ぎ、帯の間へ手を突込《つっこ》むと小さな蝦蟇口《がまぐち》を出して、ちゃらちゃらと箪笥《たんす》の上に置いた。門口《かどぐち》の方を透《すか》して、
「小僧さん、まあお上り、菊枝さん、きいちゃん。」と言って部屋の内を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》すと、ぼんぼん時計、花瓶の菊、置床の上の雑誌、貸本が二三冊、それから自分の身体《からだ》が箪笥の前にあるばかり。
 はじめて怪訝《おかし》な顔をした。
「おや、きいちゃん。」
「居やあしねえや。」と弥吉は腹ン這《ばい》になって、覗《のぞ》いている。
「弥吉ど
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