ぐち》に立って尋ねるのである。
 小僧は息をはずませて、
「一所に出懸けたんじゃあないの。」
「いいえ。」


     柳行李

       三

「へい、おかしいな、だって内にゃあ居ませんぜ。」
「なに居ないことがありますか、かつがれたんでしょう、呼んで見たのかね。」
「呼びました、喚《わめ》いたんで、かりん糖の仮声《こわいろ》まで使ったんだけれど。」
 お縫は莞爾《にっこり》して、
「そんな串戯《じょうだん》をするから返事をしないんだよ。まあお入んなさい、御苦労様でした。」と落着いて格子戸を潜《くぐ》ったが、土間を透《すか》すと緋《ひ》の天鵝絨《とうてん》の緒の、小町下駄を揃えて脱いであるのに屹《きっ》と目を着け、
「御覧、履物があるじゃあないか、何を慌ててるんだね。」
 弥吉は後について首を突込《つっこ》み、
「や、そいつあ気がつかなかったい。」
「今日はね河岸《かし》へ大層着いたそうで、鮪《まぐろ》の鮮《あたら》しいのがあるからお好《すき》な赤いのをと思って菊《きい》ちゃんを一人ぼっちにして、角の喜の字へ行《ゆ》くとね、帰りがけにお前、」と口早に話しながら、お縫は上框《あが
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