これがためであった。斧と琴と菊模様の浴衣こそ菊枝をして身を殺さしめた怪しの衣《きぬ》、女《むすめ》が歌舞伎の舞台でしばしば姿を見て寐覚《ねざめ》にも俤《おもかげ》の忘られぬ、あこがるるばかり贔屓《ひいき》の俳優《やくしゃ》、尾上橘之助が、白菊の辞世を読んだ時まで、寝返りもままならぬ、病《やまい》の床に肌につけた記念《かたみ》なのである。
 江崎のお縫は芳原の新造《しんぞ》の女《むすめ》であるが、心懸《こころがけ》がよくッて望んで看護婦になったくらいだけれども、橘之助に附添って嬉しくないことも無いのであった。
 しかるに重体の死に瀕《ひん》した一日、橘之助が一輪ざしに菊の花を活《い》けたのを枕頭《まくらもと》に引寄せて、かつてやんごとなき某《なにがし》侯爵夫人から領したという、浅緑《あさみどり》と名のある名香《めいこう》を、お縫の手で焚《た》いてもらい、天井から釣《つる》した氷嚢《ひょうのう》を取除《とりの》けて、空気枕に仰向けに寝た、素顔は舞台のそれよりも美しく、蒲団《ふとん》も掻巻《かいまき》も真白《まっしろ》な布をもって蔽《おお》える中に、目のふちのやや蒼《あお》ざめながら、額にか
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