なべ》をかけた七輪の下を煽《あお》ぎながら、大入だの、暦《こよみ》だの、姉さんだのを張交ぜにした二枚折の枕屏風《まくらびょうぶ》の中を横から振向いて覗《のぞ》き込み、
「姉《ねえ》や、気分はどうじゃの、少し何かが解《わか》って来たか、」
と的面《まとも》にこっちを向いて、眉の優しい生際《はえぎわ》の濃い、鼻筋の通ったのが、何も思わないような、しかも限りなき思《おもい》を籠めた鈴のような目を瞠《みは》って、瓜核形《うりざねなり》の顔ばかり出して寝ているのを視《なが》めて、大口を開《あ》いて、
「あはは、あんな顔をして罪のない、まだ夢じゃと思うそうだ。」
菊枝は、硫黄《いおう》ヶ島の若布《わかめ》のごとき襤褸蒲団《ぼろぶとん》にくるまって、抜綿《ぬきわた》の丸《まろ》げたのを枕にしている、これさえじかづけであるのに、親仁が水でも吐《はか》したせいか、船へ上げられた時よりは髪がひっ潰《つぶ》れて、今もびっしょりで哀《あわれ》である、昨夜《ゆうべ》はこの雫の垂るる下で、死際の蟋蟀《きりぎりす》が鳴いていた。
七兵衛はなおしおらしい目から笑《えみ》を溢《こぼ》して、
「やれやれ綺麗《きれい
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