》な姉さんが台なしになったぞ。あてこともねえ、どうじゃ、切ないかい、どこぞ痛みはせぬか、お肚《なか》は苦しゅうないか。」と自分の胸を頑固な握拳《にぎりこぶし》でこツこツと叩いて見せる。
 ト可愛らしく、口を結んだまま、ようようこの時|頭《かぶり》を振った。
「は、は、痛かあない、宜《い》いな、嬉しいな、可《よ》し、可し、そりゃこうじゃて。お前《めえ》、飛込んだ拍子に突然《いきなり》目でも廻したか、いや、水も少しばかり、丼に一杯吐いたか吐かぬじゃ。大したことはねえての、気さえ確《たしか》になれば整然《ちゃん》と治る。それからの、ここは大事ない処じゃ、婆《ばば》も猫も犬も居《お》らぬ、私《わし》一人じゃから安心をさっしゃい。またどんな仔細《しさい》がないとも限らぬが、少しも気遣《きづかい》はない、無理に助けられたと思うと気が揉《も》めるわ、自然天然と活返《いきかえ》ったとこうするだ。可いか、活返ったら夢と思って、目が覚めたら、」といいかけて、品のある涼しい目をまた凝視《みつ》め、
「これさ、もう夜があけたから夢ではない。」

       十一

 しばらくして菊枝が細い声、
「もし」

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