出入るものにつけても、両親は派手好《はでずき》なり、殊に贔屓俳優《ひいきやくしゃ》の橘之助の死んだことを聞いてから、始終くよくよして、しばらく煩ってまでいたのが、その日は誕生日で、気分も平日《いつ》になく好《い》いというので、髪も結って一枚着換えて出たのであった。
小町下駄は、お縫が許《とこ》の上框《あがりがまち》の内に脱いだままで居なくなったのであるから、身を投げた時は跣足《はだし》であった。
履物が無かったばかり、髪も壊れず七兵衛が船に助けられて、夜《よ》があけると、その扱帯もその帯留も、お納戸の袷も、萌黄と緋の板締《いたじめ》の帯も、荒縄に色を乱して、一つも残らず、七兵衛が台所にずらりと懸《かか》って未《いま》だ雫《しずく》も留まらないで、引窓から朝霧の立ち籠《こ》む中に、しとしとと落ちて、一面に朽ちた板敷を濡《ぬら》しているのは潮の名残《なごり》。
可惜《あたら》、鼓のしらべの緒にでも干す事か、縄をもって一方から引窓の紐にかけ渡したのは無慙《むざん》であるが、親仁《おやじ》が心は優しかった。
引窓を開けたばかりわざと勝手の戸も開けず、門口《かどぐち》も閉めたままで、鍋《
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