じょうじゅぶつしん》とあるまでを幾度《いくたび》となく繰返す。連夜の川施餓鬼《かわせがき》は、善か悪か因縁があろうと、この辺では噂《うわさ》をするが、十年は一昔、二昔も前から七兵衛を知ってるものも別に仔細《しさい》というほどのことを見出さない。本人も語らず、またかかる善根功徳、人が咎《とが》めるどころの沙汰《さた》ではない、もとより起居に念仏を唱える者さえある、船で題目を念ずるに仔細は無かろう。
 されば今宵《こよい》も例に依って、船の舳《へさき》を乗返した。
 腰を捻《ひね》って、艪柄《ろづか》を取って、一ツおすと、岸を放れ、
「ああ、良《い》い月だ、妙法蓮華経如来《みょうほうれんげきょうにょらい》寿量品第十六自我得仏来、所経諸劫数《しょきょうしょごうすう》、無量百千万億載阿僧祇《むりょうひゃくせんまんおくさいあそうぎ》、」と誦《じゅ》しはじめた。風も静《しずか》に川波の声も聞えず、更け行《ゆ》くにつれて、三押《みおし》に一度、七押に一度、ともすれば響く艪の音かな。
「常説法教化無数億衆生爾来無量劫《じょうせっぽうきょうげむすうおくしゅじょうじらいむりょうごう》。」
 法《のり》の声 
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