《ひともと》二本蘆の中に交《まじ》ったのが次第に洲崎のこの辺《あたり》土手は一面の薄原《すすきばら》、穂の中から二十日近くの月を遠く沖合の空に眺めて、潮が高いから、人家の座敷下の手すりとすれずれの処をゆらりと漕いだ、河岸についてるのは川蒸汽で縦に七|艘《そう》ばかり。
「ここでも人ッ子を見ないわ。」
「それでもちっとは娑婆《しゃば》らしくなった。」
「娑婆といやあ、とっさん、この辺で未通子《おぼこ》はどうだ。」と縞の先生|活返《いきかえ》っていやごとを謂う。
「どうだどころか、もしお前さん方、この加賀屋じゃ水から飛込む魚《うお》を食べさせるとって名代《なだい》だよ。」
「まずそこらで可《よ》し、船がぐらぐらと来て鰻の川渡りは御免|蒙《こうむ》る。」
「ここでは欄干《てすり》から這込《はいこ》みます。」
「まさか。」
「いや何ともいえない、青山辺じゃあ三階へ栗が飛込むぜ。」
「大出来!」
 船頭も哄《どっ》と笑い、また、
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佃々と急いで漕げば、
  潮がそこりて艪が立たぬ。
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 程なく漕ぎ寄せたのは弁天橋であった、船頭は舳《へさき》へ乗《のり
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