かった中は、直ちに汽船の通う川である。
ものの景色はこれのみならず、間近な軒のこっちから棹《さお》を渡して、看護婦が着る真白《まっしろ》な上衣《うわぎ》が二枚、しまい忘れたのが夜干《よぼし》になって懸《かか》っていた。
「お化《ばけ》。」
「ああ、」とばかり、お縫は胸のあたりへ颯《さっ》と月を浴びて、さし入る影のきれぎれな板敷の上へ坐ってしまうと、
「灯《あかり》を消しましたね。」とお化の暢気《のんき》さ。
橋ぞろえ
五
「さあ、おい、起きないか起きないか、石見橋《いわみばし》はもう越した、不動様の前あたりだよ、直《すぐ》に八幡様《はちまんさま》だ。」と、縞《しま》の羽織で鳥打を冠《かぶ》ったのが、胴の間《ま》に円くなって寝ている黒の紋着《もんつき》を揺り起す。
一行三人の乗合《のりあい》で端に一人|仰向《あおむ》けになって舷《ふなばた》に肱《ひじ》を懸けたのが調子低く、
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佃《つくだ》々と急いで漕《こ》げば、
潮がそこりて艪《ろ》が立たぬ。
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と口吟《くちずさ》んだ。
けれども実際この船は佃を
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