さして漕ぐのではない。且つ潮がそこるどころの沙汰ではない。昼過《ひるすぎ》からがらりと晴上って、蛇の目の傘《からかさ》を乾かすような月夜になったが、昨夜《ゆうべ》から今朝へかけて暴風雨《あらし》があったので、大川は八|分《ぶ》の出水、当深川の川筋は、縦横曲折至る処、潮、満々と湛《たた》えている、そして早船乗《はやぶねのり》の頬冠《ほおかぶり》をした船頭は、かかる夜《よ》のひっそりした水に声を立てて艪をぎいーぎい。
砂利船、材木船、泥船などをひしひしと纜《もや》ってある蛤町《はまぐりちょう》の河岸を過ぎて、左手に黒い板囲い、※[#丸サ、1−12−69]※[#丸大、418−5]※[#「重なった「へ」/一」、屋号を示す記号、418−5]と大きく胡粉《ごふん》で書いた、中空に見上げるような物置の並んだ前を通って、蓬莱橋《ほうらいばし》というのに懸《かか》った。
月影に色ある水は橋杭《はしぐい》を巻いてちらちらと、畝《うね》って、横堀に浸した数十本の材木が皆動く。
「とっさんここいらで、よく釣ってるが何が釣れる。」
船顎、
「沙魚《はぜ》に鯔子《おぼこ》が釣れます。」
「おぼこならば釣れよ
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