湿《しめり》ッけのする冷い風が、颯《さっ》と入り、洋燈の炎尖《ほさき》が下伏《したぶし》になって、ちらりと蒼《あお》く消えようとする。
 はっと袖で囲ってお縫は屋根裏を仰ぐと、引窓が開《あ》いていたので、煤《すす》で真黒《まっくろ》な壁へ二条《ふたすじ》引いた白い縄を、ぐいと手繰ると、かたり。
 引窓の閉まる拍子に、物音もせず、五|分《ぶ》ばかりの丸い灯は、口金から根こそぎ殺《そ》いで取ったように火屋《ほや》の外へふッとなくなる。
「厭《いや》だ、消しちまった。」
 勝手口は見通しで、二十日に近い路地の月夜、どうしたろう、ここの戸は閉《しま》っておらず、右に三軒、左に二軒、両側の長屋はもう夜中で、明《あかる》い屋根あり、暗い軒あり、影は溝板《どぶいた》の処々、その家もここも寂寞《ひっそり》して、ただ一つ朗かな蚯蚓《みみず》の声が月でも聞くと思うのか、鳴いている。
 この裏を行抜《ゆきぬ》けの正面、霧の綾《あや》も遮らず目の届く処に角が立った青いものの散《ちらば》ったのは、一軒飛離れて海苔粗朶《のりそだ》の垣を小さく結った小屋で剥《む》く貝の殻で、その剥身《むきみ》屋のうしろに、薄霧のか
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