《はさま》ったのが看護婦のお縫で、
「どういたしまして、誰方《どなた》も御苦労様、御免なさいまし。」
「さようなら。」
「お休み。」
互に言葉を交《かわ》したが、連《つれ》の三人はそれなり分れた。
ちょっと彳《たたず》んで見送るがごとくにする、お縫は縞物《しまもの》の不断着に帯をお太鼓にちゃんと結んで、白足袋を穿《は》いているさえあるに、髪が夜会結《やかいむすび》。一体ちょん髷《まげ》より夏冬の帽子に目を着けるほどの、土地柄に珍しい扮装《なり》であるから、新造の娘とは知っていても、称《とな》えるにお嬢様をもってする。
お縫は出窓の処に立っている弥吉には目もくれず、踵《くびす》を返すと何か忙《せわ》しらしく入ろうとしたが、格子も障子も突抜けに開《あけ》ッ放し。思わず猶予《ためら》って振返った。
「お帰んなさい。」
「おや、待乳屋さんの、」と唐突《だしぬけ》に驚く間もあらせず、
「菊枝さんはどうしました。」
「お帰んなすったんですか。」
いささか見当が違っている。
「病気揚句だしもうお帰んなさいって、へい、迎いに来たんで。」
「どうかなさいましたか。」と深切なものいいで、門口《かどぐち》に立って尋ねるのである。
小僧は息をはずませて、
「一所に出懸けたんじゃあないの。」
「いいえ。」
柳行李
三
「へい、おかしいな、だって内にゃあ居ませんぜ。」
「なに居ないことがありますか、かつがれたんでしょう、呼んで見たのかね。」
「呼びました、喚《わめ》いたんで、かりん糖の仮声《こわいろ》まで使ったんだけれど。」
お縫は莞爾《にっこり》して、
「そんな串戯《じょうだん》をするから返事をしないんだよ。まあお入んなさい、御苦労様でした。」と落着いて格子戸を潜《くぐ》ったが、土間を透《すか》すと緋《ひ》の天鵝絨《とうてん》の緒の、小町下駄を揃えて脱いであるのに屹《きっ》と目を着け、
「御覧、履物があるじゃあないか、何を慌ててるんだね。」
弥吉は後について首を突込《つっこ》み、
「や、そいつあ気がつかなかったい。」
「今日はね河岸《かし》へ大層着いたそうで、鮪《まぐろ》の鮮《あたら》しいのがあるからお好《すき》な赤いのをと思って菊《きい》ちゃんを一人ぼっちにして、角の喜の字へ行《ゆ》くとね、帰りがけにお前、」と口早に話しながら、お縫は上框《あが
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