うわさ》、お縫は見たままを手に取るよう。
これこれこう、こういう浴衣と葛籠の底から取出すと、まあ姉さんと進むる膝、灯《あかり》とともに乗出す膝を、突合した上へ乗せ合って、その時はこういう風、仏におなりの前だから、優しいばかりか、目許《めもと》口付、品があって気高うてと、お縫が謂えば、ちらちらと、白菊の花、香の煙。
話が嵩《こう》じて理に落ちて、身に沁《し》みて涙になると、お縫はさすがに心着いて、鮨《すし》を驕《おご》りましょうといって戸外《おもて》へ出たのが、葦《あし》の湯の騒ぎをつい見棄てかねて取合って、時をうつしていた間《ま》に、過世《すぐせ》の深い縁であろう、浅緑の薫のなお失《う》せやらぬ橘之助の浴衣を身につけて、跣足《はだし》で、亡き人のあとを追った。
菊枝は屏風の中から、ぬれ浴衣を見てうっとりしている。
七兵衛はさりとも知らず、
「どうじゃ〆《し》めるものはこの扱帯《しごき》が可《い》いかの。」
じっと凝視《みつ》めたまま、
だんまりなり。
「ぐるぐる巻《まき》にすると可い、どうだ。」
「はい取って下さいまし、」とやっといったが、世馴《よな》れず、両親《ふたおや》には甘やかされたり、大恩人に対し遠慮の無さ。
七兵衛はそれを莞爾《にこ》やかに、
「そら、こいつあ単衣《ひとえ》だ、もう雫《しずく》の垂るようなことはねえ。」
やがて、つくづくと見て苦笑い、
「ほほう生れかわって娑婆《しゃば》へ出たから、争われねえ、島田の姉さんがむつぎにくるまった形《なり》になった、はははは、縫上げをするように腕をこうぐいと遣《や》らかすだ、そう、そうだ、そこで坐った、と、何ともないか。」
「ここが痛うございますよ。」と両手を組違えに二の腕をおさえて、頭《つむり》が重そうに差俯向《さしうつむ》く。
「むむ、そうかも知れねえ、昨夜《ゆうべ》そうやってしっかり胸を抱いて死んでたもの。ちょうど痛むのは手の下になってた処よ。」
「そうでございますか、あの私はこうやって一生懸命に死にましたわ。」
「この女《こ》は! 一生懸命に身を投げる奴《やつ》があるものか、串戯《じょうだん》じゃあねえ、そして、どんな心持だった。」
「あの沈みますと、ぼんやりして、すっと浮いたんですわ、その時にこうやって少し足を縮めましたっけ、また沈みました、それからは知りませんよ。」
「やれやれ苦しかっ
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