、私くらいな年紀《とし》の、綺麗な姉さんが歩行《ある》いていなすった、あすこなんでしょう、そうでございますか。」
「待たッせよ、お前《めえ》くらいな年紀《とし》で、と、こうと十六七だな。」
「はあ、」
「十六七の阿魔《あま》はいくらも居るが、綺麗な姉さんはあんまりねえぜ。」
「いいえ、いますよ、丸顔のね、髪の沢山《たんと》ある、そして中形の浴衣を着て、赤い襦袢《じゅばん》を着ていました、きっとですよ。」
「待ちねえよ、赤い襦袢と、それじゃあ、お勘が家《とこ》に居る年明《ねんあき》だろう、ありゃお前《めえ》もう三十くらいだ。」
「いいえ、若いんです。」
 七兵衛|天窓《あたま》を掻いて、
「困らせるの、年月も分らず、日も分らず、さっぱり見当が着かねえが、」と頗《すこぶ》る弱ったらしかったが、はたと膝を打って、
「ああああ居た居た、居たが何、ありゃ売物よ。」と言ったが、菊枝には分らなかった。けれども記憶を確めて安心をしたものと見え、
「そう、」と謂った声がうるんで、少し枕を動かすと、顔を仰向けにして、目を塞《ふさ》いだがまた涙ぐんだ。我に返れば、さまざまのこと、さまざまのことはただうら悲しきのみ、疑《うたがい》も恐《おそれ》もなくって泣くのであった。
 髪も揺《ゆら》めき蒲団も震うばかりであるから、仔細《しさい》は知らず、七兵衛はさこそとばかり、
「どうした、え、姉やどうした。」
 問慰《といなぐさ》めるとようよう此方《こなた》を向いて、
「親方。」
「おお、」
「起きましょうか。」
「何、起きる。」
「起きられますよ。」
「占めたな! お前《めえ》じっとしてる方が可いけれど、ちっとも構わねえけれど、起《おき》られるか、遣《や》ってみろ一番、そうすりゃしゃんしゃんだ。気さえ確《たしか》になりゃ、何お前案じるほどの容体じゃあねえんだぜ。」と、七兵衛は孫をつかまえて歩行《あんよ》は上手の格で力をつける。
 蒲団の外へは顔ばかり出していた、裾《すそ》を少し動かしたが、白い指をちらりと夜具の襟へかけると、顔をかくして、
「私、………」


     浅緑

       十二

「大事ねえ大事ねえ、水浸しになっていた衣服《きもの》はお前《めえ》あの通《とおり》だ、聞かっせえ。」
 時に絶えず音するは静《しずか》な台所の点滴《したたり》である。
「あんなものを巻着けておいた日にゃ
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