もので、村はずれには、落葉、枯葉、焼灰に交って、※[#「けものへん+葛」、第3水準1−87−81]子鳥《あとり》、頬白《ほおじろ》、山雀《やまがら》、鶸《ひわ》、小雀《こがら》などと言う、紅《あか》だ、青だ、黄色だわ、紫の毛も交って、あの綺麗な小鳥どもが、路傍《みちばた》にはらはらと落ちている。こいつあ、それ、時節が今頃になりますと、よく、この信州路、木曾街道の山家には、暗い軒に、糸で編んで、ぶら下げて、美しい手鞠《てまり》が縺《もつ》れたように売ってるやつだて。それが、お前さん、火事騒ぎに散らかったんで――驚いたのは、中に交って、鴛鴦《おしどり》が二羽……番《つがい》かね。……
 や、頂きます、ト、ト、ごぜえやさ。」
 と小村さんの酌を、蓋《ふた》するような大《おおき》な掌《てのひら》で請けながら、
「どうもね、捨って抱きたいようでがしたぜ。まさか、池に泳いだり、樹に眠ったのが、火の粉を浴びはしますめえ。売ものが散らばりましたか、真赤《まっか》に染《そま》った木の葉を枕で、目を眠っていましたよ。
 天秤棒一本で、天井へ宙乗《ちゅうのり》でもするように、ふらふらふらふら、山から山を経歴《へめぐ》って……ええちょうど昨年の今月、日は、もっと末へ寄っておりましたが――この緋葉《もみじ》の真最中《まっさいちゅう》、草も雲も虹《にじ》のような彩色の中を、飽くほど視《み》て通った私《わっし》もね、これには足が停《とま》りました。
 なんと……綺麗な、その翼の上も、一重《ひとえ》敷いて、薄《うっす》り、白くなりました。この景色に舞台が換《かわ》って、雪の下から鴛鴦《おしどり》の精霊が、鬼火をちらちらと燃しながら、すっと糶上《せりあが》ったようにね、お前さん……唯今の、その二人の婦《おんな》が、私《わっし》の目に映りました。凄《すご》いように美しゅうがした。」
 と鋳掛屋は、肩を軟《やわらか》に、胸を低うして、更《あらた》めて私たち二人を視《み》たが、
「で、山路へ掛《かか》る、狼温泉の出口を通るんでございますが、場所はソレ件《くだん》の盆地だ。私《わっし》が飲んでいました有合《ありあい》御肴《おんさかな》というお極《きま》りの一膳めしの前なんざ、小さな原場《はらっぱ》ぐらい小広うございますのに――それでも左右へ並ばないで、前後《あとさき》になって、すっと連立って通ります。
 前へ立ったのは、蓑《みの》を着て、竹の子笠を冠《かぶ》っていました。……端折った片褄《かたづま》の友染《ゆうぜん》が、藁《わら》の裙《すそ》に優しくこぼれる、稲束《いなたば》の根に嫁菜が咲いたといった形。ふっさりとした銀杏返《いちょうがえし》が耳許《みみもと》へばらりと乱れて、道具は少し大きゅうがすが、背がすらりとしているから、その眉毛の濃いのも、よく釣合って、抜けるほど色が白い、ちと大柄ではありますが、いかにも体つきの嫋娜《しなやか》な婦《おんな》で、
(今晩は。)
 と、通掛《とおりかか》りに、めし屋へ声を掛けて行《ゆ》きました。が、※[#「火+發」、174−5]《ぱっ》と燃えてる松明《たいまつ》の火で、おくれ毛へ、こう、雪の散るのが、白い、その頬を殺《そ》ぐようで、鮮麗《あざやか》に見えて、いたいたしい。
 いたいたしいと言えば、それがね、素足に上草履《うわぞうり》。あの、旅店《やどや》で廊下を穿《は》かせる赤い端緒《はなお》の立ったやつで――しっとりとちと沈んだくらい落着いた婦《おんな》なんだが、実際その、心も空になるほど気の揉《も》めるわけがあって――思い掛けず降出した雪に、足駄でなし、草鞋《わらじ》でなし、中ぶらりに右のつッかけ穿《ばき》で、ストンと落ちるように、旅館から、上草履で出たと見えます。……その癖、一生の晴着というので、母《おっか》さん譲りの裙模様、紋着《もんつき》なんか着ていました。
 お話をしますうちに、仔細《しさい》は追々おわかりになりますが――これが何でさ、双葉屋と言って、土地での、まず一等旅館の女中で、お道さんと言う別嬪《べっぴん》、以前で申せば湯女《ゆな》なんだ。
 いや、湯女《ゆな》に見惚《みと》れていて、肝心の御婦人が後《おく》れました。もう一人の方は、山茶花《さざんか》と小菊の花の飛模様のコオトを着て、白地の手拭《てぬぐい》を吹流しの……妙な拵《こしらえ》だと思えば……道理こそ、降りかゝる雪を厭《いと》ったも。お前さん、いま結立《ゆいた》てと見える高島田の水の滴《た》りそうなのに、対に照った鼈甲《べっこう》の花笄《はなこうがい》、花櫛《はなぐし》――この拵《こしらえ》じゃあ、白襟に相違ねえ。お化粧も濃く、紅もさしたが、なぜか顔の色が透き通りそうに血が澄んで、品のいいのが寂しく見えます。華奢《きゃしゃ》な事は、吹つけるほどではなくても、雪を持った向風《むかいかぜ》にゃ、傘も洋傘《こうもり》も持切れますめえ、被《かぶ》りもしないで、湯女《ゆな》と同じ竹の子笠を胸へ取って、襟を伏せて、俯向《うつむ》いて行《ゆ》きます。……袖の下には、お位牌《いはい》を抱いて葬礼《ともらい》の施主《せしゅ》に立ったようで、こう[#「こう」は底本では「かう」]正しく端然《しゃん》とした処は、視《み》る目に、神々しゅうございます。何となく容子《ようす》が四辺《あたり》を沈めて、陰気だけれど、気高いんでございますよ。
 同じ人間もな……鑄掛屋を一人土間で飲《あお》らして、納戸の炬燵《こたつ》に潜込んだ、一ぜん飯の婆々《ばば》媽々《かか》などと言う徒《てあい》は、お道さんの(今晩は。)にただ、(ふわ、)と言ったきりだ。顔も出さねえ。その(ふわ、)がね、何の事アねえ、鼠の穴から古綿が千断《ちぎ》れて出たようだ。」
「ちと耳が疼《いた》いだな。」
 と饂飩屋の女房が口を入れた、――女房は鋳掛屋の話に引かれて、二階の座に加わっていたのである。
「そのかわり大まかなものだよ。店の客人が、飲さしの二合|壜《びん》と、もう一本、棚より引攫《ひっさら》って、こいつを、丼へ突込《つッこ》んで、しばらくして、婦人《おんな》たちのあとを追ってぶらりと出て行くのに、何とも言わねえ。山は深い、旦那方のおっしゃる、それ、何とかって、山中暦日なしじゃあねえ、狼温泉なんざ、いつもお正月で、人間がめでてえね。」
「ははあ。」
「成程。」
 私たちは、そんな事は徒《あだ》に聞いて、さきを急いだ。
「荷はどうしたよ。」
 と女房が笑って言った。
「ほい忘れた。いや、忘れたんじゃあねえ、一ぜん飯に置放《おきッぱな》しよ。」
「それ見たか、あんな三味線だって、壜詰《びんづめ》二升ぐらいな値はあるでござんさあ、なあ、旦那方。」
「うむ、まったくな。」
 と藤助は額を圧《おさ》えて、
「おめでてえのはこっちだっけ、はッはッはッ。」

       四

「さて旦那方、洒落《しゃれ》や串戯《じょうだん》じゃあねえんでございます。……御覧の通り人間の中の変な蕈《きのこ》のような、こんな野郎にも、不思議なまわり合せで、その婦《おんな》たちのあとを尾《つ》けて行《ゆ》かなけりゃならねえ一役ついていたのでございましてね。……乗掛《のりかか》った船だ。鬱陶《うっとう》しくもお聞きなせえ。」
 すっとこ被《かぶ》りで、
 襟を敲《たた》いて、
「どんつくで出ましたわ……見えがくれに行《ゆ》く段取だから、急ぐにゃ当らねえ。別して先方《さき》は足弱だ。はてな、ここらに色鳥の小鳥の空蝉《うつせみ》、鴛鴦《おしどり》の亡骸《なきがら》と言うのが有ったっけと、酒の勢《いきおい》、雪なんざ苦にならねえが、赤い鼻尖《はなさき》を、頬被《ほおかぶり》から突出して、へっぴり腰で嗅《か》ぐ工合は、夜興引《よこひき》の爺《じじい》が穴一のばら銭《ぜに》を探すようだ。余計な事でございますがね――性《しょう》が知れちゃいましても、何だか、婦《おんな》の二人の姿が、鴛鴦の魂がスッと抜出したようでなりませんや。この辺だっけと、今度は、雪まじりに鳥の羽より焼屑《やけくず》が堆《うずたか》い処を見着けて、お手向《たむけ》にね、壜《びん》の口からお酒を一雫《ひとしずく》と思いましたが、待てよと私《わっし》あ考えた、正覚坊じゃアあるめえし、鴛鴦が酒を飲むやら、飲ねえやら。いっその事だと、手前の口へね、喇叭《らつぱ》と遣《や》った……こうすりゃ鳥の精がめしあがると同じ事だと……何しろ腹ン中は鴛鷲で一杯でございました。」
 女房が肥《ふと》った膝で、畳に当って、
「藤助さんよ。」
「ああ。」
「酒の話じゃあないじゃあないかね、ねえ、旦那方。」
「何しろ、そこで。」
 と、促せば、
「と二人はもう雑木林の崖に添って、上りを山路《やまみち》に懸《かか》っています。白い中を、ふつふつと、真紅《まっか》な鳥のたつように、向うへ行《ゆ》く。……一軒、家だか、穴だか知れねえ、えた、非人の住んでいそうな、引傾《ひっかし》いだ小屋に、筵《むしろ》を二枚ぶら下げて、こいつが戸になる……横の羽目に、半分ちぎれた浪花節《なにわぶし》の比羅《びら》がめらめらと動いているのがありました、それが宿《しゅく》はずれで、もう山になります。峠を越すまで、当分のうち家らしいものはございませんや。
 水の音が聞えます。ちょろちょろ水が、青いように冷く走る。山清水の小流《こながれ》のへりについてあとを慕いながら、いい程合で、透かして見ると、坂も大分急になった石※[#「石+鬼」、第4水準2−82−48]道《いしころみち》で、誰がどっちのを解いたか、扱帯《しごき》をな、一条《ひとすじ》、湯女《ゆな》の手から後《うしろ》に取って、それをその少《わか》い貴婦人てった高島田のが、片手に控えて縋《すが》っています……もう笠は外して脊へ掛けて……絞《しぼり》の紅《あか》いのがね、松明《たいまつ》が揺れる度に、雪に薄紫に颯《さっ》と冴《さ》えながら、螺旋《らせん》の道条《みちすじ》にこう畝《うね》ると、そのたびに、崖の緋葉《もみじ》がちらちらと映りました、夢のようだ。
 視《み》る奴《やつ》の方が夢のようだから、御当人たちは現《うつつ》かも知れねえ。
 でその二人は、そうやって、雪の夜道を山坂かけて、どこへ行くんだと思召《おぼしめ》す。
 ここだて――旦那。」
 藤助は息継《いきつぎ》に呷《ぐい》と煽《あお》って、
「この二階から、鏡台山を――(少し薄明りが映《さ》しますぜ、月が出ましょう。まあ、御緩《ごゆる》りなさいまし、)――それ、こうやって視《み》るように、狼温泉の宿はずれの坂から横正面といった、肩でこう捻向《ねじむ》いて高く上を視る処に、耳はねえが、あのトランプのハアト形に頭《かしら》を押立《おった》った梟《ふくろ》ヶ|嶽《たけ》、梟、梟と一口に称《とな》えて、何嶽と言うほどじゃねえ、丘が一座《ひとくら》、その頂辺《てっぺん》に、天狗の撞木杖《しゅもくづえ》といった形に見える、柱が一本。……風の吹まわしで、松明の尖《さき》がぼっと伸びると、白くなって顕《あらわ》れる時は、耶蘇《ヤソ》の看板の十字架てったやつにも似ている……こりゃ、もし、電信柱で。
 蔭に隠れて見えねえけれど、そこに一張《ひとはり》天幕《テント》があります。何だと言うと、火事で焼けたがために、仮ごしらえの電信局で、温泉場から、そこへ出張《でば》っているのでございます。
 そこへ行くんだね、婦《おんな》二人は。
 で、その郵便局の天幕の裡《うち》に、この湯女《ゆな》の別嬪《べっぴん》が、生命《いのち》がけ二年|越《ごし》に思い詰めている技手の先生……ともう一人は、上州高崎の大資産家《おおかねもち》の若旦那で、この高島田のお嬢さんの婿さんと、その二人が、いわれあって、二人を待って、対の手戟《てぼこ》の石突《いしづき》をつかないばかり、洋服を着た、毘沙門天《びしゃもんてん》、増長天《ぞうちょうてん》という形で、五体を緊《し》めて、殺気を含んで、呼吸《いき》を詰めて、待構えているんでがしてな。
 お嬢さんの方は、名を縫子さんと言う
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