大きな邸《やしき》があつた。……其の門内《もんない》へつツと入ると、真正面の玄関の右傍《みぎわき》に、庭園に赴《おもむ》く木戸際《きどぎわ》に、古槐《ふるえんじゅ》の大木《たいぼく》が棟《むね》を蔽《おお》うて茂つて居た。枝の下を、首のない躯《むくろ》と牛は、ふと又《また》歩を緩《ゆる》く、東海道の松並木《まつなみき》を行く状《さま》をしたが、間《あい》の宿《しゅく》の灯《ひ》も見えず、ぼツと煙の如く消えたのであつた。
 官人は少時《しばし》茫然《ぼうぜん》として門前《もんぜん》の靄《もや》に彳《たたず》んだ。
「角助《かくすけ》。」
「はツ。」
「当家《とうけ》は、これ、斎藤道三《さいとうどうさん》の子孫ででもあるかな。」
「はーツ。」
「いやさ、入道《にゅうどう》道三の一族ででもあらうかと言ふ事ぢや。」
「はツ、へゝい。」
「む、いや、分らずば可《よ》し。……一応|検《しら》べる。――とに角《かく》いそいで案内をせい。」
 しかし故《ことさ》らに主人が立会《たちあ》ふほどの事ではない。その邸《やしき》の三太夫《さんだゆう》が、やがて鍬《くわ》を提げた爺《じい》やを従へて出て、一同|
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