ころ》が然《そ》うでない。
「とう、とう、とう/\。」
呼声《よびごえ》から、風体《なり》、恰好《かっこう》、紛れもない油屋《あぶらや》で、あの揚《あげ》ものの油を売るのださうである。
「とう、とう、とう/\。」
穴から泡《あわ》を吹くやうな声が、却《かえ》つて、裏田圃《うらたんぼ》へ抜けて変に響いた。
「こら/\、片寄《かたよ》れ。えゝ、退《ど》け/\。」
威張《いば》る事にかけては、これが本場の支那《しな》の官人である。従者が式《かた》の如く叱《しか》り退《の》けた。
「とう、とう、とう/\。」
「やい、これ。――殿様のお通りだぞ。……」
笠《かさ》さへ振向《ふりむ》けもしなければ、青牛《せいぎゅう》がまたうら枯草《がれくさ》を踏む音も立てないで、のそりと歩む。
「とう、とう、とう/\。」
こんな事は前例が嘗《かつ》てない。勃然《ぼつぜん》としていきり立つた従者が、づか/\石垣を横に擦《す》つて、脇鞍《わきぐら》に踏張《ふんば》つて、
「不埒《ふらち》ものめ。下郎《げろう》。」
と怒鳴《どな》つて、仰《あお》ぎづきに張肱《はりひじ》でドンと突いた。突いたが、鞍の上を及腰
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