液《しずく》が、木《こ》づたふ雨の如く、片濁《かたにご》りしつつ半《なか》ば澄んで、ひた/\と湛《たた》へて居た。油《あぶら》即《すなわち》此《これ》であつた。
 呆《あき》れた人々の、目鼻の、眉《まゆ》とともに動くに似ず、けろりとした蝦蟆が、口で、鷹揚《おうよう》に宙に弧《こ》を描いて、
「とう。とう、とう/\。」
 と鳴くにつれて、茸《きのこ》の軸が、ぶる/\と動くと、ぽんと言ふやうに釣瓶《つるべ》の箍《たが》が嚔《くさめ》をした。同時に霧《きり》がむら/\と立つて、空洞《うつろ》を塞《ふさ》ぎ、根を包み、幹を騰《のぼ》り、枝に靡《なび》いた、その霧が、忽《たちま》ち梢《こずえ》から雫《しずく》となり、門内《もんない》に降りそゝいで、やがて小路《こうじ》一面の雨と成つたのである。
 官人の、真前《まっさき》に飛退《とびの》いたのは、敢《あえ》て怯《おび》えたのであるまい……衣帯《いたい》の濡《ぬ》れるのを慎《つつし》んだためであらう。
 さて、三太夫《さんだゆう》が更《あらた》めて礼して、送りつつ、木《こ》の葉《は》落葉《おちば》につゝまれた、門際《もんぎわ》の古井戸《ふるいど》を覗《のぞ》かせた。覗くと、……
「御覧《ごろう》じまし、殿様。……あの輩《やから》が仕《つかまつ》りまする悪戯《あくぎ》と申しては――つい先日も、雑水《ぞうみず》に此なる井戸を汲《く》ませまするに水は底に深く映りまして、……釣瓶《つるべ》はくる/\とその、まはりまするのに、如何《いか》にしても上《のぼ》らうといたしませぬ。希有《けう》ぢやと申して、邸内《ていない》多人数《たにんず》が立出《たちい》でまして、力を合せて、曳声《えいごえ》でぐいと曳《ひ》きますとな……殿様。ぽかんと上《あが》つて、二三人に、はずみで尻餅《しりもち》を搗《つ》かせながらに、アハヽと笑うた化《ばけ》ものがござりまする。笑ひ落ちに、すぐに井戸の中へ辷《すべ》り込みまする処《ところ》を、おのれと、奴めの頭を掴《つか》みましたが、帽子だけ抜けて残りましたで、其《それ》を、さらしものにいたしまする気で生垣《いけがき》に引掛《ひきか》けて置きました。その帽子が、此の頃の雨つゞきに、何と御覧じまするやうに、恁《かく》の通り。」……
 と言つて指《さ》して見せたのが、雨に沢《つや》を帯びた、猪口茸《いぐち》に似た、ぶくりとし
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