ちに逢いに来たのだ。按摩の変事と遺書《かきおき》とで、その日の内に国中へ知れ渡った。別にその事について文句は申さぬ。芸事で宗山の留《とどめ》を刺したほどの豪《えら》い方々、是非に一日、山田で謡《うたい》が聞かして欲しい、と羽織袴《はおりはかま》、フロックで押寄せたろう。
 いや、叔父が怒るまいか。日本一の不所存もの、恩地源三郎が申渡す、向後|一切《いっせつ》、謡を口にすること罷成《まかりな》らん。立処《たちどころ》に勘当だ。さて宗山とか云う盲人、己《おの》が不束《ふつつか》なを知って屈死した心、かくのごときは芸の上の鬼神《おにがみ》なれば、自分は、葬式《とむらい》の送迎《おくりむかい》、墓に謡を手向きょう、と人々と約束して、私はその場から追出された。
 あとの事は何も知らず、その時から、津々浦々をさすらい歩行《ある》く、門附の果敢《はかな》い身の上。」

       二十三

「名古屋の大須の観音の裏町で、これも浮世に別れたらしい、三味線一|挺《ちょう》、古道具屋の店にあったを工面《くめん》したのがはじまりで、一銭二銭、三銭じゃ木賃で泊めぬ夜《よ》も多し、日数をつもると野宿も半分、京
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