《ひっかぶ》って、可《いい》心持に寝たんだが。
 ああ、寝心の好《い》い思いをしたのは、その晩きりさ。
 なぜッて、宗山がその夜の中《うち》に、私に辱《はずかし》められたのを口惜《くや》しがって、傲慢《ごうまん》な奴だけに、ぴしりと、もろい折方、憤死してしまったんだ。七代まで流儀に祟《たた》る、と手探りでにじり書《がき》した遺書《かきおき》を残してな。死んだのは鼓ヶ嶽の裾だった。あの広場《ひろっぱ》の雑樹へ下《さが》って、夜《よ》が明けて、やッと小止《こやみ》になった風に、ふらふらとまだ動いていたとさ。
 こっちは何にも知らなかろう、風は凪《な》ぐ、天気は可《よし》。叔父は一段の上機嫌。……古市を立って二見へ行った。朝の中《うち》、朝日館と云うのへ入って、いずれ泊る、……先へ鳥羽へ行って、ゆっくりしようと、直ぐに車で、上の山から、日の出の下、二見の浦の上を通って、日和山を桟敷《さじき》に、山の上に、海を青畳《あおだたみ》にして二人で半日。やがて朝日館へ帰る、……とどうだ。
 旅籠《はたご》の表は黒山の人だかりで、内の廊下もごった返す。大袈裟《おおげさ》な事を言うんじゃない。伊勢から私た
前へ 次へ
全95ページ中86ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング