じご》はなぜか調子を沈めて、
「ああ、よく言った。俺《おれ》を弥次郎兵衛は難有《ありがた》い。居心《いごころ》は可《よし》、酒は可。これで喜多八さえ一所だったら、膝栗毛を正《しょう》のもので、太平の民となる処を、さて、杯をさしたばかりで、こう酌《つ》いだ酒へ、蝋燭《ろうそく》の灯《ひ》のちらちらと映る処は、どうやら餓鬼に手向《たむ》けたようだ。あのまた馬鹿野郎はどうしている――」と膝に手を支《つ》き、畳の杯を凝《じっ》と見て、陰気な顔する。
捻平も、ふと、この時横を向いて腕組した。
「旦那、その喜多八さんを何んでお連れなさりませんね。」
と愛嬌造《あいきょうづく》って女中は笑う。弥次郎|寂《さみ》しく打笑み、
「むむ、そりゃ何よ、その本の本文にある通り、伊勢の山田ではぐれた奴さ。いい年をして娑婆気《しゃばっけ》な、酒も飲めば巫山戯《ふざけ》もするが、世の中は道中同然。暖いにつけ、寒いにつけ、杖《つえ》柱とも思う同伴《つれ》の若いものに別れると、六十の迷児《まいご》になって、もし、この辺に棚からぶら下がったような宿屋はござりませんかと、賑《にぎや》かな町の中を独りとぼとぼと尋ね飽倦《
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