《まくらもと》の行燈《あんどん》で読んでみましょう。」
「止《よ》しなさい、これを読むと胸が切《せま》って、なお目が冴えて寝られなくなります。」
「何を言わっしゃる、当事《あてごと》もない、膝栗毛を見て泣くものがあろうかい。私《わし》が事を言わっしゃる、其許《そこ》がよっぽど捻平じゃ。」
 と言う処へ、以前の年増に、小女《こおんな》がついて出て、膳と銚子を揃えて運んだ。
「蛤は直《じ》きに出来ます。」
「可《よし》、可。」
「何よりも酒の事。」
 捻平も、猪口《ちょこ》を急ぐ。
「さて汝《てめえ》にも一つ遣ろう。燗《かん》の可い処を一杯遣らっし。」と、弥次郎兵衛、酒飲みの癖で、ちとぶるぶるする手に一杯傾けた猪口《ちょこ》を、膳の外へ、その膝栗毛の本の傍《わき》へ、畳の上にちゃんと置いて、
「姉さん、一つ酌《つ》いでやってくれ。」
 と真顔で言う。
 小女が、きょとんとした顔を見ると、捻平に追っかけの酌をしていた年増が見向いて、
「喜野《きの》、お酌ぎ……その旦那はな、弥次郎兵衛様じゃで、喜多八さんにお杯を上げなさるんや。」
 と早や心得たものである。

       八

 小父者《お
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