散《たいさん》。」
と苦笑いして、……床の正面に火桶を抱えた、法然天窓《ほうねんあたま》の、連《つれ》の、その爺様を見遣って、
「捻平さん、お互に年は取りたくないてね。ちと三絃《ぺんぺん》でも、とあるべき処を、お膳の前に按摩が出ますよ。……見くびったものではないか。」
「とかく、その年効《としが》いもなく、旅籠屋の式台口から、何んと、事も慇懃《いんぎん》に出迎えた、家《うち》の隠居らしい切髪の婆様《ばあさま》をじろりと見て、
(ヤヤ、難有《ありがた》い、仏壇の中に美婦《たぼ》が見えるわ、簀《す》の子の天井から落ち度《た》い。)などと、膝栗毛の書抜きを遣らっしゃるで魔が魅《さ》すのじゃ、屋台は古いわ、造りも広大。」
と丸木の床柱を下から見上げた。
「千年の桑かの。川の底も料《はか》られぬ。燈《あかり》も暗いわ、獺《かわうそ》も出ようず。ちと懲《こ》りさっしゃるが可《い》い。」
「さん候《ぞうろう》、これに懲りぬ事なし。」
と奥歯のあたりを膨らまして微笑《ほほえ》みながら、両手を懐に、胸を拡く、襖《ふすま》の上なる額を読む。題して曰《いわ》く、臨風榜可小楼《りんぷうぼうかしょうろう》
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