《あお》ざめて覗《のぞ》きそうに、屋の棟を高く見た……目が鋭い。
「あれ、あんた、鹿の雌雄《めすおす》ではあるまいし、笛の音で按摩の容子《ようす》は分りませぬもの。」
「まったくだ。」
 と寂しく笑った、なみなみ注《つ》いだる茶碗の酒を、屹《きっ》と見ながら、
「杯の月を酌《く》もうよ、座頭殿。」と差俯《さしうつむ》いて独言《ひとりごと》した。……が博多節の文句か、知らず、陰々として物寂しい、表の障子も裏透くばかり、霜の月の影冴えて、辻に、町に、按摩の笛、そのあるものは波に響く。

       六

「や、按摩どのか。何んだ、唐突《だしぬけ》に驚かせる。……要らんよ。要りませぬ。」
 と弥次郎兵衛。湊屋の奥座敷、これが上段の間とも見える、次に六畳の附いた中古《ちゅうぶる》の十畳。障子の背後《うしろ》は直ぐに縁、欄干《てすり》にずらりと硝子戸《がらすど》の外は、水煙渺《みずけむりびょう》として、曇らぬ空に雲かと見る、長洲《ながす》の端に星一つ、水に近く晃《き》らめいた、揖斐川の流れの裾《すそ》は、潮《うしお》を籠《こ》めた霧白く、月にも苫《とま》を伏せ、蓑《みの》を乾《ほ》す、繋船《か
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