物優しく、
「串戯《じょうだん》だ、強請《ゆする》んじゃありません。こっちが客だよ、客なんですよ。」
細長い土間の一方は、薄汚れた縦に六畳ばかりの市松畳、そこへ上れば坐れるのを、釜に近い、床几《しょうぎい》の上に、ト足を伸ばして、
「どうもね、寒くって堪《たま》らないから、一杯|御馳走《ごちそう》になろうと思って。ええ、親方、決してその御迷惑を掛けるもんじゃありません。」
で、優柔《おとな》しく頬被りを取った顔を、と見ると迷惑どころかい、目鼻立ちのきりりとした、細面《ほそおもて》の、瞼《まぶた》に窶《やつれ》は見えるけれども、目の清らかな、眉の濃い、二十八九の人品《ひとがら》な兄哥《あにい》である。
「へへへへ、いや、どうもな、」
と亭主は前へ出て、揉手《もみで》をしながら、
「しかし、このお天気続きで、まず結構でござりやすよ。」と何もない、煤《すす》けた天井を仰ぎ仰ぎ、帳場の上の神棚へ目を外《そ》らす。
「お師匠さん、」
女房前垂をちょっと撫《な》でて、
「お銚子《ちょうし》でございますかい。」と莞爾《にっこり》する。
門附は手拭の上へ撥《ばち》を置いて、腰へ三味線を小取廻
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