はないのだけれど、猿の餓えることはありはしなかった。
時々|悪戯《いたずら》をして、その紅雀の天窓《あたま》の毛を※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》ったり、かなりやを引掻《ひっか》いたりすることがあるので、あの猿松が居ては、うっかり可愛らしい小鳥を手放《てばなし》にして戸外《おもて》へ出してはおけない、誰か見張ってでもいないと、危険《けんのん》だからって、ちょいちょい縄を解いて放してやったことが幾度もあった。
放すが疾《はや》いか、猿は方々を駈《かけ》ずり廻って勝手放題な道楽をする。夜中に月が明《あかる》い時、寺の門を叩いたこともあったそうだし、人の庖厨《くりや》へ忍び込んで、鍋《なべ》の大《おおき》いのと飯櫃《めしびつ》を大屋根へ持って、あがって、手掴《てづかみ》で食べたこともあったそうだし、ひらひらと青いなかから紅い切《きれ》のこぼれている、うつくしい鳥の袂を引張《ひっぱ》って、遥《はるか》に見える山を指《ゆびさ》して気絶さしたこともあったそうなり、私の覚えてからも一度誰かが、縄を切ってやったことがあった。その時はこの時雨榎《しぐれえのき》の枝の両股になって
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