ツて。何《なん》とおいひでも肯分《きゝわ》けないものだから母様《おつかさん》が、
(それでは林《はやし》へでも、裏《うら》の田畝《たんぼ》へでも行《い》つて見《み》ておいで。何故《なぜ》ツて天上《てんじよう》に遊《あそ》んで居《ゐ》るんだから籠《かご》の中《なか》に居《ゐ》ないのかも知《し》れないよ)
それから私《わたし》、あの、梅林《ばいりん》のある処《ところ》に参《まゐ》りました。
あの桜山《さくらやま》と、桃谷《もゝだに》と、菖蒲《あやめ》の池《いけ》とある処《ところ》で。
しかし其《それ》は唯《たゞ》青葉《あをば》ばかりで菖蒲《あやめ》の短《みじか》いのがむらがつてゝ、水《みづ》の色《いろ》の黒《くろ》い時分《じぶん》、此処《こゝ》へも二日《ふつか》、三日《みつか》続《つゞ》けて行《ゆ》きましたつけ、小鳥《ことり》は見《み》つからなかつた。烏《からす》が沢山《たんと》居《ゐ》た。あれが、かあ/\鳴《な》いて一《ひと》しきりして静《しづ》まると其姿《そのすがた》の見《み》えなくなるのは、大方《おほかた》其翼《そのはね》で、日《ひ》の光《ひかり》をかくしてしまふのでしやう、大《おほ》きな翼《はね》だ、まことに大《おほき》い翼《つばさ》だ、けれどもそれではない。
第十二
日《ひ》が暮《く》れかゝると彼方《あつち》に一《ひと》ならび、此方《こつち》に一《ひと》ならび縦横《じうわう》になつて、梅《うめ》の樹《き》が飛《とび》々に暗《くら》くなる。枝《えだ》々のなかの水田《みづた》の水《みづ》がどむよりして淀《よど》むで居《ゐ》るのに際立《きはだ》つて真白《まつしろ》に見《み》えるのは鷺《さぎ》だつた、二羽《には》一処《ひとところ》にト三羽《さんば》一処《ひとところ》にト居《ゐ》てそして一羽《いちは》が六|尺《しやく》ばかり空《そら》へ斜《なゝめ》に足《あし》から糸《いと》のやうに水《みづ》を引《ひ》いて立《た》つてあがつたが音《おと》がなかつた、それでもない。
蛙《かはづ》が一斉《いつせい》に鳴《な》きはじめる。森《もり》が暗《くら》くなつて、山《やま》が見《み》えなくなつた。
宵月《よいづき》の頃《ころ》だつたのに曇《くもつ》てたので、星《ほし》も見《み》えないで、陰々《いんいん》として一面《いちめん》にものゝ色《いろ》が灰《はい》のやうにうるんであつ
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