して置《お》いた声《こゑ》を、紙鉄砲《かみでつぱう》ぶつやうにはぢきだしたものらしい。
で、赤《あか》い鼻《はな》をうつむけて、額越《ひたひごし》に睨《にら》みつけた。
「何《なに》か」と今度《こんど》は応揚《おうやう》[#「応揚」はママ]である。
私《わたし》は返事《へんじ》をしませんかつた。それは驚《おどろ》いたわけではない、恐《こは》かつたわけではない。鮟鱇《あんかう》にしては少《すこ》し顔《かほ》がそぐは[#「そぐは」に傍点]ないから何《なに》にしやう、何《なに》に肖《に》て居《ゐ》るだらう、この赤《あか》い鼻《はな》の高《たか》いのに、さきの方《はう》が少《すこ》し垂《た》れさがつて、上唇《うはくちびる》におつかぶさつてる工合《ぐあい》といつたらない、魚《うを》より獣《けもの》より寧《むし》ろ鳥《とり》の嘴《はし》によく肖《に》て居《ゐ》る、雀《すゞめ》か、山雀《やまがら》か、さうでもない。それでもないト考《かんが》えて七面鳥《しちめんちやう》に思《おも》ひあたつた時《とき》、なまぬるい音調《おんちやう》で、
「馬鹿《ばか》め。」
といひすてにして沈《しづ》んで来《く》る帽子《ばうし》をゆりあげて行《ゆ》かうとする。
「あなた。」とおつかさんが屹《きつ》とした声《こゑ》でおつしやつて、お膝《ひざ》の上《うへ》の糸屑《いとくづ》を細《ほそ》い、白《しろ》い、指《ゆび》のさきで二《ふた》ツ三《み》ツはじき落《おと》して、すつと出《で》て窓《まど》の処《ところ》へお立《た》ちなすつた。
「渡《わたし》をお置《お》きなさらんではいけません。」
「え、え、え。」
といつたがぢれつたさうに、
「僕《ぼく》は何《なん》じやが、うゝ知《し》らんのか。」
「誰《だれ》です、あなたは。」と冷《ひやゝか》で。私《わたし》こんなのをきくとすつきりする、眼《め》のさきに見《み》える気《き》にくわ[#「くわ」に「ママ」の注記]ないものに、水《みづ》をぶつかけて、天窓《あたま》から洗《あら》つておやんなさるので、いつでもかうだ、極《きは》めていゝ。
鮟鱇《あんかう》は腹《はら》をぶく/\さして、肩《かた》をゆすつたが、衣兜《かくし》から名刺《めいし》を出《だ》して、笊《ざる》のなかへまつすぐに恭《うやうや》しく置《お》いて、
「かういふものじや、これじや、僕《ぼく》じや。」
といつて肩
前へ
次へ
全33ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング