ってる良人を見棄てた。)とこういうことが世間へ知れて、世の中の者がみんなその気でお前に附合えば、それで可い、それで可い。ちっとは負債が返せるのだ。
 しかし、これはお前には出来ぬこッた。お前は世間体というものを知ってるから、平生、吾が健全《たっしゃ》な時でも、そんな事は※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]《おくび》にも出さないほどだ。それが出来るくらいなら、もう疾《とっ》くに離別《わかれ》てしまったに違いない。うむ、お貞、どうだ、それとも見棄てて、離縁が出来るか。」
 お貞は一思案にも及ばずして、
「はい、そんなことは出来ません。」
 病者はさもこそと思える状《さま》なり。
「それではお貞、お前の念《おも》いで死なないうちに、……吾《おれ》を殺せ。」
 と静《しずか》にいう。
「え、貴下《あなた》を!」
「うむ、吾《おれ》を。お貞、ずるい根性を出さないで、表向《おもてむき》に吾を殺して、公然、良人殺しの罪人になるのだ。お貞、良人|殺《ころし》の罪人になるのだ。うむお貞。
 吾を見棄てるか、吾を殺すか、うむ、どちらにするな。何でも負債を返さないでは、あんまり冥利《みょうり》が悪いで
前へ 次へ
全67ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング