ないか。いや、ないかどころでない! そうしなけりゃ許さんのだ。うむ、お貞、どっちにする、殺さないと、離縁にする!」
といと厳《おごそ》かに命じける。お貞は決する色ありて、
「貴下《あなた》、そ、そんなことを、私にいってもいいほどのことがあるんですか。」
声ふるわして屹《きっ》と問いぬ。
「うむ、ある。」
と確乎《かっこ》として、謂う時病者は傲然《ごうぜん》たりき。
お貞はかの女が時々神経に異変を来《きた》して、頭《かしら》あたかも破《わ》るるがごとく、足はわななき、手はふるえ、満面|蒼《あお》くなりながら、身火《しんか》烈々|身体《からだ》を焼きて、恍《こう》として、茫《ぼう》として、ほとんど無意識に、されど深長なる意味ありて存するごとく、満身の気を眼《まなこ》にこめて、その瞳をも動かさで、じっと人を目詰《みつ》むれば他をして身の毛をよだたすことある、その時と同一《おなじ》容体《ありさま》にて、目まじろぎもせで、死せるがごとき時彦の顔を瞻《みまも》りしが、俄然《がぜん》、崩折《くずお》れて、ぶるぶると身震いして、飛着くごとく良人に縋《すが》りて、血を吐く一声夜陰を貫き、
「殺し
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