、旦那が何といっても、叱られても大事ないよ。私ゃすぐ引毀《ひっこわ》して、結直して見せようわね。」
 お貞は顔の色|尋常《ただ》ならざりき。少年は少し弱りて、
「それでなくッてさえ、先達《こないだ》のような騒《さわぎ》がはじまるものを、そんなことをしようもんなら、それこそだ。僕アまた駈出《かけだ》して行《ゆ》かにゃあならない。」
「ほんとうに、あの時は。ま、どうしようと思ったわ。
 芳さんは駈出してしまって二晩もお帰りでないし、おばあさんはまた大変に御心配遊ばしてどうしたら可《よ》かろうとおっしゃるし、旦那は旦那でものも言わないで、黙って考え込んでばかりいるしね、私はもう、面目ないやら、恥かしいやら、申訳がないやらで、ぼうッとしてしまったよ。後で聞くと何だっさ、真蒼《まっさお》になって寝ていたとさ。
 芳|様《さん》の跫音《あしおと》が聞えたので、はッと気が着いて駈出したが、それまでどうしていたんだか、まるで夢のようで[#「夢のようで」は底本では「夢のやうで」]、分らなかったよ。」
 少年は頻《しき》りに頷《うなず》き、
「僕はまた髯《ひげ》がさ、(水上《みなかみ》さん)て呼ぶから、何
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