だからやっぱり奥様《おくさん》じゃあないか。」
と少年は平気なり。お貞はしおれて怨《うら》めしげに、
「だって、他《ほか》の者《もん》なら可《い》いけれど、芳さんにばかりは奥様ッて謂われると、何だか他人がましいので、頼母《たのも》しくなくなるわ。せめて「お貞さん」とでも謂っておくれだと嬉しいけれど。」
とためいきして、力なげなるものいい[#「ものいい」に傍点]なり。少年は無雑作に、
「じゃあ、お貞さんか。」
と言懸けて、
「何だか友達のように聞えるねえ。」
「だからやっぱり、姉《ねえ》さんが可いじゃあないかえ。」
「でも円髷に結ってるもの、銀杏返だと亡《なく》なった姉様《ねえさん》にそっくりだから、姉様だと思うけれど、円髷じゃあ僕は嫌だ。」
と少年は素気《そっけ》なし。
「じゃあまるであかの[#「あかの」に傍点]他人なの?」
「なにそうでもないけれど。……」
少年は言淀《いいよど》みぬ。お貞は襟を掻合《かきあわ》せ、浴衣の上前を引張《ひっぱ》りながら、
「それだから昨日《きのう》も髪を結わない前に、あんなに芳さんにあやまったものを。邪慳《じゃけん》じゃあないかね。可《いい》よ
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