た》を合さず、渠は茶を断ちて神に祈れり。塩を断ちて仏に請えり。しかれども時彦を嫌悪の極、その死の速《すみや》かならんことを欲する念は、良人に薬を勧むる時も、その疼痛《とうつう》の局部を擦《さす》る隙《ひま》も、須臾《しゅゆ》も念頭を去りやらず。甚しいかなその念の深く刻めるや、おのが幾年の寿命を縮め、身をもて神仏の贄《にえ》に供えて、合掌し、瞑目《めいもく》して、良人の本復を祈る時も、その死を欲するの念は依然として信仰の霊を妨げたり。
良人の衰弱は日に著《しる》けきに、こは皆おのが一念よりぞと、深更四隣静まりて、天地沈々、病者のために洋燈《ランプ》を廃して行燈《あんどん》にかえたる影暗く、隙間《すきま》もる風もあらざるにぞ、そよとも動かぬ灯影《ほかげ》にすかして、その寂《じゃく》たること死せるがごとき、病者の面をそと視《なが》めて、お貞は顔を背けつつ、頤《おとがい》深く襟に埋《うず》めば、時彦の死を欲する念、ここぞと熾《さかん》に燃立ちて、ほとんど我を制するあたわず。そがなすままに委《まか》しおけば、奇異なる幻影|眼前《めさき》にちらつき、※[#「火+發」、153−7]《ぱっ》と火花の
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