散るごとく、良人の膚《はだ》を犯すごとに、太く絶え、細く続き、長く幽《かす》けき呻吟声《うめきごえ》の、お貞の耳を貫くにぞ、あれよあれよとばかりに自ら恐れ、自ら悼《いた》み、且つ泣き、且つ怒《いか》り、且つ悔いて、ほとんどその身を忘るる時、
「お貞。」
と一声《ひとこえ》、時彦は、鬱《うつ》し沈める音調もて、枕も上げで名を呼びぬ。
この一声を聞くとともに、一桶《ひとおけ》の氷を浴びたるごとく、全身の血は冷却して、お貞は、
「はい。」
と戦《おのの》きたり。
時彦はいともの静《しずか》に、
「お前、このごろから茶を断ッたな。」
「いえ、何も貴下《あなた》、そんなことを。」
と幽かにいいて胸を圧《おさ》えぬ。
時彦は頤《おとがい》のあたりまで、夜着の襟深く、仰向《あおむけ》に枕して、眼細《まぼそ》く天井を仰ぎながら、
「塩断《しおだち》もしてるようだ。一昨日《おととい》あたりから飯も食べないが、一体どういう了簡《りょうけん》じゃ。」
(貴下を直したいために)といわんは、渠の良心の許さざりけむ、差俯向《さしうつむ》きてお貞は黙しぬ。
「あかりが暗い、掻立《かきた》てるが可い。お前
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