の衷情《ちゅうじょう》に、少年は太《いた》く動かされつ。思わず暗涙《なみだ》を催したり。
「ああ姉様は可哀そうだねえ。僕が、僕が、僕が、どうかしてあげようから、姉さん死んじゃあ不可《いけな》いよ。」
 お貞は聞きて嬉しげに少年の手をじっと取りて、
「嬉しいねえ。何の自害なんかするもんかね、世間と、旦那として私をこんなにいじめるもの。いじめ殺されて負けちゃ卑怯《ひきょう》よ。意気地が無いわ。可いよ、そんな心配は要らないよ。私ゃ面《つら》あてにでも、活《い》きている。たといこの上幾十倍のつらい悲しいことがあっても、きっと堪《こら》えて死にゃあしないわ。と心強くはいってみても、死なれないのが因果なのだねえ。」
 ほろりとして見る少年の眼にも涙を湛《たた》えたり。時に二階より老女の声。
「芳や、帰ったの。」
「あれ、おばあさんが。」
「はい、唯今《ただいま》。」

       十四

 二段ばかり少年は壇階子《だんばしご》を昇り懸けて、と顧みて驚きぬ。時彦は帰宅して、はや上口《あがりぐち》の処に立てり。
 我が座を立ちしと同時ならむ。と思うも見るもまたたくま、さそくの機転、下を覗《のぞ》きて
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