言《ひとこと》も、ものいわで渠《かれ》が物語を味いつつ、是非の分別にさまよえりしごとき芳之助の、何思いけん呵々《からから》と笑い出して、
「ははは、姉様《ねえさん》は陰弁慶だ。」
 お貞は意外なる顔色《かおつき》にて、
「芳さん、何が陰弁慶だね。」
「だってそんなに決心をしていながら、一体僕の分らないというのはね、人ががらりと戸を明けると、眼に着くほどびっくりして、どきり! する様子が確《たしか》に見えるのは、どういうものだろう。髯《ひげ》の留守に僕と談話《はなし》でもしている処へ唐突《だしぬけ》に戸外《おもて》があけば、いま姉様がいった世間《よのなか》の何とかで、吃驚《びっくり》しないにも限らないが、こうしてみるに、なにもその時にゃ限らないようだ。いつでもそうだから可笑《おかし》いじゃないか。それに姉様のは口でいうと反対で、髯の前じゃおどおどして、何だか無暗《むやみ》に小さくなって、一言ものをいわれても、はッと呼吸《いき》のつまるように、おびえ切っている癖に。今僕に話すようじゃ、酸いも、甘いも、知っていて、旦那を三銭《さんもん》とも思ってやしない。僕が二厘の湯銭の剰銭《つり》で、(ち
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