せて、私ゃ、あやまって出て行《ゆ》かない。」
と歯をくいしめてすすり泣きつ。
十二
お貞は幾年来独り思い、独り悩みて、鬱積《うっせき》せる胸中の煩悶《はんもん》の、その一片をだにかつて洩《もら》せしことあらざりしを、いま打明くることなれば、順序も、次第も前後して、乱れ且つ整わざるにも心着かで、再び語り続けたり。
「いっちゃ女の愚痴だがね。私はさっきいったように、世の中というものがあって、自分ばかりじゃないからと、断念《あきら》めて、旦那に事《つか》えてはいるけれど、一日に幾度となく、もうふツふツ嫌になることがあるわ。
芳さんも知っておいでだ。ついこないだのことだっけ、晩方旦那の友達が来たので、私もその日は朝ッから、塩梅《あんばい》が悪くッて、奥の室《ま》に寝ていた処へ、推懸《おしか》けたもんだから、外に別に部屋はなし、ここへ出て坐っていたの。
お客がまた私の大嫌《だいきらい》な人で、旦那とは合口《あいくち》だもんだから、愉快《おもしろ》そうに[#「愉快《おもしろ》そうに」は底本では「愉快《おもしろ》さうに」]話してたッけが、私は頭痛がしていた処へ、その声を聞く
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