となお塩梅が悪くなって、胸は痛む、横腹《よこッぱら》は筋張るね、おいおい薄暗くはなって来る。暑いというので燈火《あかり》はつけずさ。陰気になって、いろんなことを考え出して、つい堪《たま》らなくなったから、横になろうと思っても、直ぐ背後《うしろ》に居るんだもの、立膝《たてひざ》も出来ないから、台所へ行って板の間にでもと思ったが、あすこにゃ蚊《か》が酷《ひど》いし、仕方がないから戸外《おもて》へ出て、軒下にしゃがんで泣いてた処へ、ちょうどお前さんが来ておくれで、二階へ来いとおいいだから、そっと上ると、まあ、おとしよりが御深切に、胸を押して下すったので、私ゃもう難有《ありがた》くッて、嬉しくッて、心じゃ手を合せて拝んだわ。
 おかげでやっと胸が開きそうになって、ほっと呼吸《いき》をついた処へ、
(貞はそこに参っておりましょうな。)と、壇階子《だんばしご》の下へ来て、わざわざ旦那が呼んだじゃあないかね。
 私ゃあんまりくさくさしたから、返事もしないで黙っていると、おばあさんがお聞きつけなすッて、
(階下《した》へおいで、ね、ね、そうしないと悪い)ッて、みんなもうちゃんと推量して、やさしく言って
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