ひきだし》を明けて、渠に与うべき小銭を探すに、少年は傍《かたわら》より、
「姉さん、湯銭のつりがあるよ、おい。」
と板敷に投出せば、(ちょいとこさ)は手に取りて、高帽子を冠《かぶ》ると斉《ひと》しく、威儀を正して出行《いでゆ》きたり。
九
出行く(ちょいとこさ)を見送りて、二人は思わず眼を合しつ。
「なるほど肖《に》ているねえ。」
とお貞は推出《おしだ》すがごとくに言う。少年はそれには関せず。
「まあ、それからどうしたの?」
渠は聞くことに実の入《い》りけむ、語る人を促《うなが》せり。
「さあその新潟から帰った当座は、坊やも――名は環《たまき》といったよ――環も元気づいて、いそいそして、嬉しそうだし、私も日本晴《にっぽんばれ》がしたような心持で、病気も何にもあったもんじゃあないわ。野へ行《ゆ》く、山へ行くで、方々|外出《そとで》をしてね、大層気が浮いて可い心持。
出来るもんならいつまでも旦那が居ないで、環と二人ッきり暮したかったわ。
だがねえ、芳さん、浮世はままにならないものとは詮じ詰めたことを言ったんだね。二三度旦那から手紙を寄越《よこ》して、(奉公人ば
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