ほそざお》の塵《ちり》を払いて、慎ましげに音〆《ねじめ》をなすのみ。
お貞は今思出したらむがごとく煙管《きせる》を取りて、覚束無《おぼつかな》げに一服吸いつ。
渠《かれ》は煙草《たばこ》を嗜《たしな》むにあらねど、憂《うき》を忘れ草というに頼りて、飲習わんとぞ務むるなる、深く吸いたれば思わず咽《む》せて、落すがごとく煙管を棄《す》て、湯呑に煎茶をうつしけるが、余り沸《たぎ》れるままその冷《さ》むるを待てり。
時に履物の音高く家《うち》に入来《いりく》るものあるにぞ、お貞は少し慌《あわた》だしく、急に其方《そなた》を見向ける時、表の戸をがたりとあけて、濡手拭《ぬれてぬぐい》をぶら提げつつ、衝《つ》と入りたる少年あり。
お貞は見るより、
「芳さんかえ。」
「奥様《おくさん》、ただいま。」
と下駄を脱ぐ。
「大層、おめかしだね。」
「ふむ。」
と笑い捨てて少年は乱暴に二階に上るを、お貞は秋波《ながしめ》もて追懸けつつ、
「芳ちゃん!」
「何?」
と顧みたり。
「まあ、ここへ来て、ちっとお話しなね。お祖母様《ばあさん》はいま昼寝をしていらっしゃるよ。騒々しいねえ。」
「そうかい。
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