。」
 と声に力を籠《こ》めたりけるが、追愛の情の堪え難かりけむ、ぶるぶると身を震わし、見る見る面の色激して、突然長火鉢の上に蔽《おお》われかかり、真白き雪の腕《かいな》もて、少年の頸《うなじ》を掻抱《かいいだ》き、
「こんな風に。」
 とものぐるわしく、真面目《まじめ》になりたる少年を、惚々《ほれぼれ》と打《うち》まもり、
「私の顔を覗《のぞ》き込んじゃあ、(母様《おっかさん》)ッて、(母様)ッて呼んでよ。」
 お貞は太《いた》く激しおれり。
「そうしてね、(父様《おとっちゃん》が居ないと可《い》いねえ。)ッて、いつでも、そう言ったわ。」
 言懸けてうつむく時、弛《ゆる》き前髪の垂れけるにぞ、うるさげに掻上《かきあ》ぐるとて、ようやく少年にからみたる、その腕《かいな》を解《ほど》きけるが、なお渠《かれ》が手を握りつつ、
「そんな時ばかりじゃあないの。私が何かくさくさすると、可哀相に児《こども》にあたって、叱咤《ひッちか》ッて、押入へ入れておく。あとで旦那が留守になると、自分でそッと押入から出て来てね、そッと抜足かなんかで、私のそばへ寄って来ちゃあ、肩越に顔を覗《のぞ》いて、(母様《お
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