て、はきはきして、五日ばかり御膳も頂かれなかったものが、急に下婢《げじょ》を呼んで、(直ぐ腕車夫《くるまや》を見ておいで。)さ、それが夜の十時すぎだから恐しいじゃあないかえ。何だか狂人《きちがい》じみてるねえ。
旦那を残し、坊やはその時分|五歳《いつつ》でね、それを連れて金沢《こっち》へ帰ると、さっぱりしてその居心の可《よ》かったっちゃあない。坊もまた大変に喜んだのさ。
それがというと、坊やも乳児《ちのみ》の時から父親《おとっさん》にゃあちっとも馴染《なじ》まないで、少しものごころが着いて来ると、顔を見ちゃ泣出してね。草履を穿《は》いて、ちょこちょこ戸外《おもて》へ遊びに出るようになると、情《なさけ》ないじゃあないかえ。家《うち》へ入ろうとしちゃあ、いつでもさ。外戸《おもてど》の隙からそッと透見《すきみ》をして、小さな口で、(母様《かあちゃん》、父様《おとっちゃん》家に居るの?)と聞くんだよ。
(ああ。)と返事をすると、そのまま家へ入らないで、ものの欲《ほし》くなった時分でも、また遊びに行ってしまって、父様居ない、というと、いそいそ入って来ちゃあ、私が針仕事をしている肩へつかまって
前へ
次へ
全67ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング