たんと》ないお金子《かね》も坐食《いぐい》の体《てい》でなくなるし、とうとう先《せん》に居た家《うち》を売って、去々年《おととし》ここの家へ引越したの。
 それでもまあ方々から口があって、みんな相当で、悪くもなくって、中でも新潟県だった、師範学校のね芳さん、校長にされたのよ。校長は可《い》いけれど、私は何だか一所に居るのが嫌だから、金沢に残ることにして、旦那ばかり、任地《あっち》へ行くようにという相談をしたが不可《いけ》なくって、とうとう新潟くんだりまで、引張《ひっぱ》り出されたがね。どういうものか、嫌で、嫌で、片時も居たたまらなくッてよ。金沢へ帰りたい帰りたいで、例の持病で、気が滅入《めい》っちゃあ泣いてばかり。
 旦那が学校から帰って来ても、出迎《でむかえ》もせず俯向《うつむ》いちゃあ泣いてるもんだから、
(ああ、またか。)となさけなそうに言っちゃあ、しおれて書斎へ入って行ったの。別につらあて[#「つらあて」に傍点]というンじゃあ決してなかったんだけれど、ほんとうに帰りたかったんだもの。
 旦那もとうとう我《が》を折って(それじゃあ帰るが可い、)というお許しが出ると、直ぐに元気づい
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