は果敢《はか》なくおなりなすったのよ。私ゃもうその時は……」
とお貞は声をうるましたり。
五
「それからというものは[#「いうものは」は底本では「いふものは」]、私はまるで気ぬけがしたようで、内の中でも一番薄暗い、三畳の室《ま》へ入っちゃあ、どういうものだかね、隅の方へちゃんと坐って、壁の方を向いて、しくしく泣くのが癖になってね、長い間治らなかったの。そうこうするうち児《こ》が出来たわ。
可笑《おかし》いじゃないかねえ。」
お貞は苦々しげに打笑みたり。
「妙なものがころがり出してしまってさ、翌年《あくるとし》の十月のことなのよ。」
と言懸けてお貞はもの案じ顔に見えたりしが、
「そうそう、芳ちゃん、まだその前《さき》にね、旦那がさ、東京へ行って三月めから、毎月々々一枚ずつ、月の朔日《ついたち》にはきっと写真を写してね、欠かさず私に送って寄来《よこ》すんだよ。まあ、御深切様じゃないかね。そのたんびに手紙がついてて、(いや今月は少し痩《や》せた)の、(今度は少し眼が悪い)の、(どうだ先月と合わしてみい、ちっとあ肥《ふと》って見えよう)なんて、言書《ことばがき》が着い
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