、勢《いきおい》なげに歎息して、
「誰が見てもちがいはないねえ。私だってやっぱり嫌だわ。だがね、芳ちゃんは、なぜ好かないの。」
 少年はお貞の言《ことば》の吾が意を得たるに元気づきて、声の調子を高めたり。
「他《ほか》にね、こうといって、まだ此家《ここ》へ来て、そんなに間もないこったから、どこにどうという取留めたこともないけれど、ただね、髯の様子がね、亡なった姉様の亭主に肖《に》ているからね、そのせいだろうと思うんだ。」
「そうして、不可《いけな》いお方だったの。」
 少年はそぞろに往時を追懐すらむ、慨然《がいぜん》としたりけるが、
「不可いどころの騒《さわぎ》じゃない、姉様を殺した奴だもの。」
 お貞は太《いた》く感ぜし状《さま》にて、
「まあ。」
 とそのうるみたる眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》りぬ。
「酷《ひど》い人ね、何だッてまた姉様を殺したんだろうね。芳さんのお姉様《あねえさん》なら、どんなにか優しい、佳《い》い人だったろうにさ。」
「そりゃ、真実《ほんとう》に僕を可愛がってくれたッちゃあないよ。今着ている衣服《きもの》なんか、台なしになってるけれど、
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